先日公開した「SF・コンピューター技術ライフライン」を大幅に改訂しました。生年を入れると、SF作品とコンピュータ技術の年表が自分の学齢期や年齢にマッピングされ、「テレホーダイを高校生で迎えたのか、初音ミクの洗礼を中学生で受けたのか」がわかるアプリです。
初版は171項目でしたが、今回の改訂で492項目になりました。解説文の総量は1万8351字から6万2040字へ。ほぼ3倍です。新書1冊が8~12万字ですから、解説だけで新書半分を超えた計算になります。
そして、この3倍化のためにキーボードで書いたコードはゼロ。Claude Codeに「あれも入れて」と言い続けただけでした。
高専と6年制大学、そして「社会人になった年度」
まず直したのは、年表の背骨である学齢期モデルです。
初版は「高卒就職/短大・専門/大学/修士/博士」の5択で、浪人と留年の年数を足し引きできるようにしていました。これで大半は足りるつもりだったのですが、明らかに抜けていたのが高専です。中学卒業後に5年間。高校3年と大学2年をまたいでしまうので、既存の帯の組み合わせでは表現できません。そこで高専は独立した5年間の帯として作り直しました。学年ラベルも「高専1」~「高専5」になります。医歯薬獣医の6年制大学も追加しました。
それでもこぼれる人はいます。中退、編入、専攻科、留学、就職浪人。そこで「社会人になった年度」を直接指定できる欄を付けました。ここに西暦を入れると進路の計算より優先され、その年度から先が「社会人」になります。卒業から就職までに間があるときは、その期間が「社会人になる前」という帯で表示されます。人生の隙間が可視化されるのは、我ながらちょっといい機能だと思っています。
19の分野を、チェックボックスで出し入れする
項目を3倍に増やすと、当然ながら1画面がうるさくなります。そこで実テクノロジーを19分野に細分化し、チェックボックスでオン・オフできるようにしました。
コンピュータ(PC・ワークステーション・ミニコン・メインフレームはひとまとめ。94項目)、ゲーム(65)、AI(51)、ネット・インフラ(27)、モバイル・通信(19)、映像・カメラ・CG(18)、ブーム・社会現象(18)、楽器・DTM(16)、オーディオ(14)、SNS・ネット文化(14)、宇宙・測位(10)、量子(9)、ロボット(9)、タブレット・電子書籍(9)、VR・AR(8)、ウェアラブル(6)、その他(5)、そして洋楽・邦楽アーティストが22ずつです。
「全部オフ」にしてから、自分が食いついた分野だけをオンにする使い方が気持ちいいです。ゲームだけ、音楽だけ、SNSだけの年表が一瞬で作れます。各行の右端には分野名も出るようにしました。

音楽を年表に入れた理由
今回いちばん増えたカテゴリーのひとつが音楽・カルチャー(45項目)です。理由ははっきりしています。中学生の頃に何を聴いたかは、その後の人生にずっと効くからです。
プレスリー、ビートルズ来日、グループサウンズ、ボウイのジギー(日本のじゃないよ)、ピンク・フロイドの「狂気」、クイーン、パンク、サザン、Thriller、ライブエイド、おニャン子、バンドブーム、小室哲哉、宇多田ヒカル、ビジュアル系、モー娘。、AKB、K-POP、米津玄師、YOASOBI、Ado……。
ただ並べるのではなく、なるべく技術史と結ぶようにしました。MTVは映像が曲を売る時代の起点、Radioheadの「OK Computer」はコンピュータ時代の心情を先取りした作品、ダフト・パンクはロボットとして活動するアーティストで初音ミクやVTuberと同じ地平にいる、という具合です。
ビリー・アイリッシュの項目では、兄の寝室でDAWだけで作った曲がグラミー主要4部門を獲った話に、こう付け足しました。英語圏ではこれをbedroom production(ベッドルーム・ポップ)と呼びますが、日本には1988年のミュージくん以来「DTM(デスクトップミュージック)」という言葉が既にありました。同じ現象を、英語は場所(寝室)で、日本語は道具の置き場所(机の上)で名付けたわけです。しかも和製英語のDTMのほうが30年早い。

そのミュージくんの項目には、MT-32音源とソフトだけでなくPC-9801用のMIDIインタフェースまで同梱されていたことを書き足しました。当時はインタフェースを別に買って設定するところで挫折する人が多かったので、「箱を開けて挿せば音が鳴る」という完結性こそが発明だったのです。
音楽と機械の交点としては、ゲームの側にも柱を立てました。パラッパラッパー(1996)が音楽ゲームというジャンルを発明し、翌年のbeatmaniaがそれをアーケードの専用筐体という別方向へ広げました。そしてビブリボン(1999)です。ゲーム全体を本体メモリーに読み込んでディスクを排出できるので、手持ちの音楽CDを入れるとその曲からステージが自動生成されます。Audiosurfやビートセイバーのカスタム曲文化に10年近く先行していたことになります。
全部つながっていた——サザランドからPhotoshopまで
改訂作業でいちばん面白かったのは、点と点が勝手につながっていく感覚でした。
スター・ウォーズを入れるにあたって、テーマをモーションコントロール撮影に決めました。1975年のILM設立とダイクストラフレックス(カメラの動きをコンピュータで記録して再現する装置)から始め、1979年のルーカスフィルム コンピュータ部門設立、1986年のピクサー独立とルクソーJr.、そして1995年のトイ・ストーリーへ。さらに2019年の「マンダロリアン」のLEDウォールによるバーチャルプロダクションまでつなぐと、SFの一作品からCG産業の背骨が生えているのが見えてきます。
Photoshopの項目も書き換えました。原型は兄トーマス・ノールがMac Plus用に書いた画像表示プログラムで、それを映像の道具に育てたのがILMにいた弟のジョン・ノールです。ジョンはのちにスター・ウォーズ新三部作のVFXを率い、ローグ・ワンの発案者にもなります。つまりPhotoshopもこの線上にあるわけです。
さらにさかのぼると、1963年のSketchpadに行き着きます。アイヴァン・サザランドがユタ大学で作ったCG研究室から、アドビのジョン・ウォーノック、SGIのジム・クラーク、ピクサーのエドウィン・キャットマルが出ています。現在のCG産業の系図は、ほぼこの一人の研究室に遡れるのです。
そのSGIの項目には、ジム・クラークが設計したジオメトリエンジンを追記しました。座標変換・クリッピング・投影という3D描画の前段をパイプライン化して1チップに載せたLSIで、CPUの仕事を専用回路に逃がすというその発想は、現在のGPUの頂点処理パイプラインの直接の祖先です。SGIの技術者たちが流れ込んだ先がNVIDIAだったことまで含めて、きれいに一本の線になります。
CPU関連の項目には、大原雄介さんの連載への外部リンクを張れるようにしました。Pentium、Athlon 64、DEC Alpha、インテル創業のあたりは、大原さんの連載を読むのがいちばん早いです。

日本のパソコンは、どこから始まったか
国産マイコンまわりも厚くしました。TK-80(1976)は、日本電気が8万8500円で出したワンボードのトレーニングキットです。7セグLEDと16進キーボードだけの教材だったのに、集まってきたのは趣味のマイコン少年たちで、秋葉原のBit-INNが聖地になりました。TK-80BSを経てPC-8001、PC-9801へ。Apple Iと同じ年に、日本でも個人が計算機を持つ物語が始まっていたわけです。
MZ-80K(1978)の項目も書き直しました。セミキットで19万8000円、モニターもカセットデッキも一体の全部入り。BASICをROMに焼かずカセットから読み込む方式は、翌年の完成品MZ-80Cから「クリーンコンピュータ」と呼ばれるようになります。MZ-80K2(1980)、筆者が付き合い始めたばかりの妻と一緒に五反田TOCで開かれていた生協マイコンフェアに行って買った10万台突破記念の廉価版MZ-80K2E(1981)まで書き、最後に2017年のハル研究所「PasocomMini MZ-80C」——中身がRaspberry Pi A+の4分の1サイズのミニチュア——まで一気につなぎました。
パソコンより前の日本のコンピュータも足しました。国鉄と日立の座席予約システムMARS-1(1960)は、全国の窓口が同じ在庫を同時に押さえるという処理を、米国のSABREとほぼ同時期に実現しています。1964年の東海道新幹線開業にはMARS-101が投入され、その系譜はみどりの窓口とえきねっととして60年以上動き続けています。そして郵便番号自動読取区分機(1968)。郵便番号制度の開始に合わせて東芝が実用化した、手書き数字を読んで仕分ける機械です。AIブームのはるか手前で、日本の郵便局は毎日何千万通という規模でパターン認識を回していたことになります。
明るくない話も入れました。IBM産業スパイ事件(1982)は、日立と三菱電機の社員がFBIのおとり捜査で逮捕された事件で、同時期に富士通もIBMとソフトウェア著作権の長い紛争に入ります。互換機路線で国産機が躍進した裏側の代償であり、ソフトウェアの権利が国際競争の主戦場になったことを痛みとともに教えました。日米半導体協定(1986)へ続く技術摩擦の入口でもあります。
そしてシグマ計画(1985)。通産省が約250億円を投じてUNIXベースの標準開発環境を整備しようとした5年計画ですが、完成した頃には安価なワークステーションとPCが同じことを実現していました。第五世代コンピュータ計画と並ぶ、国家プロジェクトの功罪の定番教材です。
文字コードの三兄弟も入れました。Shift_JIS(1982)、EUC-JP(1985)、Unicode(1991)。PCはShift_JIS、UNIXはEUC-JP、メールはISO-2022-JPという三つ巴が、日本のネットに20年以上「文字化け」を残した話です。Unicodeの項目に書きましたが、「世界中の文字を一つの表に」という構想が動き出したのはWWW一般公開と同じ1991年でした。そして2010年、日本の携帯電話の絵文字がUnicodeに収録されて世界共通の語彙になります。ガラケー文化の最大の輸出品です。
電子出版とCD-ROM、マルチメディア
今回どうしても入れたかったのが青空文庫(1997)です。富田倫生さんらが始めた、著作権の切れた作品をボランティアが入力・校正して無償公開する電子図書館。いまや電子書籍リーダーのサンプルであり、日本語処理の研究材料であり、言語モデルの学習データでもあります。
特筆すべきは富田さん自身の著作で、日本のパソコン誕生を描いた『パソコン創世記』(1985)と、電子出版の実験を綴った『青空のリスタート』(1995)が、どちらも青空文庫で全文公開されていることです。パソコンの歴史を書いた人が、パソコンで本を自由にする場所を作り、自分の本をそこに置いた。年表からは両方の図書カードに直接飛べるようにしてあります。TK-80の項目からも『パソコン創世記』にリンクしました。
その前史として、ボイジャーのA Hard Day's Night CD-ROM(1993)も立てました。映画1本をまるごとCD-ROMに収め、小さな窓のQuickTime映像に脚本全文が同期し、台詞を検索すればその場面に飛べます。映画を「読む」対象にしてしまったわけです。日本ではボイジャー・ジャパン(1992年設立、萩野正昭)がエキスパンドブックを日本語化し、その周辺の実験から青空文庫やT-Timeが育っていきました。現在はオーサリングと公開ができるRomancerというサービスでがんばっています。筆者もこのサービスで、「妻と歌う方法について」というタイトルを公開しています。
CD-ROM期の主要タイトルも並べました。バーチャルバレリー(1990)、スペースシップ・ウォーロック(1992)、Myst(1993)、そしてシナジー幾何学のガジェット(1993、音楽は平沢進)です。
ここで一つ、当時を知る者として書いておきたいことがあります。CD-ROM内蔵で有名なのはFM TOWNS(1989)ですが、その前年に**AppleCD SC**(1988)が出ていて、既存のMacに外付けで足せました。初期のマルチメディアCD-ROMがほぼMacの世界で生まれたのはそのためです。AppleCD 150、倍速の300と安くなるにつれてタイトルが増えていきました。DTP(1984)に続いて、Macが制作者の機械であり続けた理由でもあります。年表ではFM TOWNSの項目にも「外付けならAppleCD SCが一年先行」と注記しました。
筆者が編集長として創刊したMacUserではソニー製の高価なCD-ROMライター(100万円くらいした)を編集部に備え、Macromedia Directorを駆使してオリジナルのマルチメディアコンテンツを内製していました。
量子もつれが、SFの小道具になるまで
今回新設した分野のひとつが「量子」です。ここは9項目で1本の糸にしました。
1935年のEPR論文(アインシュタインが否定するつもりで書いたのに「不気味な遠隔作用」に名前を与えてしまいました)、1964年のベルの不等式、1982年のファインマンによる量子コンピュータの提唱、1994年のショアのアルゴリズム、1997年の量子テレポーテーション実験、2019年のGoogleの量子超越、2022年のノーベル物理学賞。
そこにSFを差し込みます。1966年、ル=グウィンのアンシブル(距離に関係なく瞬時に通信できる装置)。そして2008年、劉慈欣『三体』の智子(ソフォン)です。陽子を二次元に展開して回路を刻み、超知能を持たせて地球に送り込む。加速器の実験結果を撹乱して人類の物理学を止め、本国のもつれた対と結ばれて4光年を瞬時に通信します。アンシブルを量子もつれで理屈づけた現代版であり、EPR論文から73年でSFの中心的な小道具になりました。
2016年に中国が打ち上げた量子科学衛星「墨子号」の項目も入れたので、『三体』の国から実際に量子通信衛星が上がったという符合まで年表の上で見えます。
人工無脳「Emmy」と、ジャンルを作ったゲームたち
ゲームまわりも大幅に増やしました。アーケードは、ポン、スペースインベーダー、ギャラクシアン、バトルゾーン、ゼビウス、ドラゴンズレア、セガの体感ゲーム、そしてギャラクシアン3(1990年の花博で公開された、28人が乗り込む巨大筐体)、バーチャレーシング、プリクラ、beatmania。
ジャンルを作った作品としては、ローグ、ウィザードリィ/ウルティマ、信長の野望(開発中の画面を襟川専務に見せてもらった)、テトリス、シムシティ、ポピュラス、シヴィライゼーション、弟切草、ときめきメモリアル、ウルティマオンライン、GTA III、モンスターハンター、バトルロイヤル系を入れました。
代表作もそれぞれ足しています。MMORPGはEverQuest(1999)、FFXIとラグナロクオンライン(2002)、World of Warcraft(2004)、そして畳んで作り直したFFXIV新生エオルゼア(2013)。オープンワールドはSkyrim(2011)、ブレス オブ ザ ワイルド(2017)、エルデンリング(2022)です。
この2つのジャンルは、書いているうちに現在のAIとつながってしまいました。オープンワールドの側は、あの密度が膨大な人手の作り込みだという事実がそのまま制作費の膨張になっていて、それが世界そのものを生成AIに作らせるワールドモデル(2025)へ向かう動機になっています。
エルデンリングの項目には「地平線に置かれた一つひとつが人間の判断で配置されているという事実は、生成された世界が同じ緊張を作れるのかという問いにもなっている」と書きました。
MMORPGの側は、NPCのAI化です。長年のRPGで村人は何度話しかけても同じ一言を返す案内板で、私たちはそれを仕様として受け入れてきました。そこにLLMが入ると、雑談も交渉も嘘もできる住人が現れます。生成AI NPC(2024)という項目を新たに立て、Emmy(1984)や伺か(2000)が試した「キャラクターと話す」体験が、ついに世界を持った状態で実装される段階に入ったと書いています。World of Warcraftで人が熱狂したのは街に本物の他人がいたからで、同じ密度を人間抜きで作れるのかというのが、20年後のこの項目の出発点です。
そして個人的に入れられて嬉しかったのが、1984年にアスキーから出たEmmy(開発は工画堂スタジオ)です。「ファニーゲーム」「人工知能型ゲーム」と銘打たれた、画面の中の女性とチャットのように会話するソフトでした。入力された会話をデータベースに記録して後の会話に反映する学習機能を持ち、会話ログをプリンターに出力することもできました。実態は知らない単語を聞き返しては誤魔化す人工無脳ですが、ELIZA(1966)の18年後に、日本の家庭のパソコンで「キャラクターと話す」体験が商品として売られていた事実は重いと思います。続編のEmmyIIも入れました。伺か(2000)を経て現在のキャラクターAIやAIコンパニオンに続く、日本的な系譜の出発点です。
なお、英語圏で「計算機が書いた本」ラクターが出たのも同じ1984年でした。年表を作っていると、こういう符合が勝手に見つかります。
共有ボタンを付けました——「1982年・高2のとき」
改訂の最後に、共有機能を足しました。
ページ全体の共有はX、Bluesky、Facebook、LINE、リンクのコピー。面白いのは各項目のほうで、コラムを開くとその中にも共有ボタンがあります。投稿文にはその人の学齢が自動で入ります。

さらに、この共有URLを開くとその項目が開いた状態で表示されます。

受け取った人は自分の生年で見ますから、同じ出来事が「自分は何年生だったか」で表示し直されるわけです。「これ、俺は小5だ」「私はまだ生まれてない」というやりとりが起きるはずで、この年表がいちばん役立つのはたぶんそこだろうと思っています。
つまり、自分語りをするときに便利ですよ、と。
対話で育てる俺ペディア
項目が400を超えたので、データはApp.jsxから`src/events.js`に分離しました。追加分は年代順にマージし直すスクリプトをその場でClaude Codeに書かせて、書いた項目を投げ込めば正しい位置に並ぶようにしています。おかげで筆者の側は「1983年のセガSC-3000も追加」「2ちゃんねるにはあめぞうとしたらばも注記して」「ボイジャーはスター・トレック1作目のV'Gerにつながる」と口頭で言うだけでよくなりました。

事実確認が要るところ(アスキーのEmmyの詳細、ウォーノックとクラークの指導教官、PasocomMiniの発売年、青空文庫の図書カードのURL)は、その場でWeb検索させて裏を取っています。ウォーノックの学位指導はエヴァンスとサザランドの連名だった、というような細部はこうして確定させました。なるほど、ここからドライビングシミュレーターの始祖Evans & Sutherlandが生まれるのだ、ということもわかります。
年表というのは、書けば書くほど「あれも入れないと」が増える種類のものです。それを対話で処理できるようになったのが今回いちばんの発見で、つまりこのアプリ自体が、年表の最後のほうに載っている「Vibe Coding元年」の実例になっているわけです。
自分のためのエンサイクロペディア・ギャラクティカ、銀河大百科事典を作っている感じですね(ファウンデーションネタ)。
使い方
生年と月、進路を入れて、興味のある分野だけチェック。あとはスクロールするだけです。「すべて開く」を押せば6万字超えの通読モードになりますが、これは正直おすすめしません。自分の学齢期の帯だけを眺めて、「あ、これ中2のときか」とつぶやく(死語)ためのアプリです。
- アプリ: https://matsuo-koya.github.io/sf-tech-lifeline/
- ソース: https://github.com/matsuo-koya/sf-tech-lifeline
アプリ側からもこの連載に戻ってこられるよう、ページ内にCloseBoxへのリンクを置きました。項目の追加は`src/events.js`に1行足すだけなので、「これが入っていない」というご指摘は大歓迎です。次の改訂で入れます。
このサービスに対するさまざまな反応をエゴサして得られた知見・提案から必要と思われるものは反映させたつもりですが、この後もチェックしていきますので、よろしくお願いします。
※この記事は、Claude Codeとの対話から生成されたテキストに筆者が原稿整理・追記したものです。














