春は別れの季節であり、出会いの季節でもありますね。これを読んでいる何人かは、この春、悲しい別れ、嬉しい出会いを噛み締めながら、新しい旅立ちの日々を送っていることでしょう。
ほとんどの人がピンと来ていないかもしれないですが、「そんな季節」にぴったりの話題が今回取り扱う「レイトレーシング(レイトレ)とパストレーシング(パストレ)」なのです。
レイトレとパストレの違い
現在、ゲームファンの間でも、まだ見ぬ新世代ゲーム機(いわゆる次世代機)の話題で盛り上がることが多くなっていますが、実際のゲーム開発現場でも、そうした次世代ゲーム機に備えての基盤技術の刷新が進められています。
近年では、たとえば、材質システムはPS3最後期から活用が始まり、PS4やPS5で主流となったBRDF(双方向反射率分布関数:Bidirectional Reflectance Distribution Function)からBSDF(双方向散乱分布関数:Bidirectional Scattering Distribution Function)へと変わります。この材質システムの変革については、いずれ回を改めて触れることにしますが、やはり、新世代ゲームグラフィックスの目玉は、これまで以上にグンと進むと言われているパストレ技術です。
そもそもパストレとは何なのでしょうか。
レイトレと何が違うのでしょうか。
用語の定義としては、レイトレとは、コンピュータ上の仮想3D空間をレイ(Ray)を飛ばして調査する仕組みのことを指します。
とはいえ、ピンとこない人がほとんどだと思います。なので、よく筆者は「3D仮想空間内に、宇宙探査船(レイ)を飛ばして、そいつに衝突先の情報を回収させる仕組み」という説明をしています。光源に向けてレイを飛ばし、光源に到達すれば、そのレイの発射位置は、光が照っていることになりますし、光源に辿り着く前に第三者に衝突すれば、その射出位置は影になることが分かりますよね。
そんな感じで描画していくのがレイトレです。が、実際には、音響シミュレーションにも活用されることもあります。実際、PS5用ゲームの「グランツーリスモ7」のコクピット視点では、運転席内に入り込んでくる、車外の走行音や自車エンジン音の反響シミュレーションをレイトレを使って行っていました。

▲レイトレーシングの動作概念図。拙著「ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術 改訂3版」より引用
一方パストレは、映画用CGなどの描画で使われることの多い描画手法で、レイトレ技術をベースにした、より高度なテクニックになります。一般に、レイトレよりもパストレの方が放つレイの数が多く、演算負荷はレイトレよりもさらに高くなります。
とはいえ、この説明で「なるほどね」と納得する人は少ないと思うので、ゲーム用の映像描画の事例を使ってのわかりやすい例え話で、レイトレとパストレの違いを説明しましょう。
レイトレ機能はPS5に実装されましたが、そのゲーム映像の主体は、従来のラスタライズ法で描画されています。
ラスタライズ法とは、視点から見た、ポリゴンで出来た仮想3D空間の情景を、最初にピクセルに分解して描画してしまう(≒ラスタライズする)方法です。3Dキャラクターの裏面や、何かに遮蔽されていて視点から見えないポリゴンは無視します。描画しないということです。
当然、画面外のポリゴンも描画しません。初代プレステから脈々と続く、リアルタイム性重視のゲームグラフィックス描画手法です。
GPUは1990年代に登場し、現在の2020年代でも最新モデルが登場しているわけですが、全て、ラスタライズ法をメインの描画手法に採用して設計されています。レイトレ対応のGPUですら、この設計方針は変わっていません。
レイトレ機能が搭載されたPS5では、未だに主となる描画はラスタライズ法であり、レイトレは、ラスタライズ法では描画できない、画面外の情景の映り込みや、第三者に遮蔽されたことによる影、画面に見えていない情景からの間接光などを表現することに用いられます。
つまり、極論を言えば、PS5世代のゲームグラフィックスにおけるレイトレは、「映り込みの鏡像を得るためにレイトレを使う」とか「間接光の情報を得るためにレイトレを使う」という感じで、飛ばすレイ(宇宙探査船)自体に目的を持たせて飛ばしています。
目的を持たせて飛ばすのですから、レイの飛ばす方向には意図が込められているのは理解できると思います。たとえば、「水面への映り込み鏡像」が欲しいのであれば、視線が水面で反射する方向にレイを飛ばすことになります。
そう、上の概念図で言えば緑の「3-a」から「3c」のレイ射出がこれです。宇宙探査で言えば、火星を調べたいから火星の方向に宇宙探査船を飛ばす……というイメージです。
ということで、これがレイトレ……と理解できればパストレの理解も楽勝です。
一方のパストレはどういうものかというと、飛ばすレイ(宇宙探査船)に目的を持たせずに3D空間へと飛ばします。しかも、たくさん飛ばします。
例え話ですが、少ない事例でも数百本、多いところでは数万本を飛ばします。少ないところ……というのは鏡面反射が支配的な材質面から飛ばす事例ですね。
先ほどの「映り込み鏡像」の例のような、鏡面反射が強い材質面は、視線の反射方向に強く光が反射するので、むしろそれ以外の方向へのレイ射出はあまり意味がないともいえます。
逆に、ザラザラとした木や石、紙などの材質面では、拡散反射が支配的なので、光は放射状に広い範囲に反射しますから、レイを飛ばす角度も広範囲となり、その分、レイ射出数も多く必要になる…という寸法です。
ここで改めて注目したいのは、パストレでは、「○○要素を描画する」という目的を持ってレイを射出していないという点です。
なので、パストレでは、射出された多くのレイが方々から情報を持ち帰り、この情報を集積して(事実上の積分に相当)、その地点の「光り具合や陰影」を浮かび上がらせます。
つまり、パストレでは、情報を持ち帰ったレイが多ければ多いほど、その地点の色が正確に表されることになります。
逆に言うと、パストレでは、たくさんのレイが有用な情報をたくさん持ち帰った分だけ、その地点の間接光、影、陰影、鏡像などの表現の品質が高くなる……というイメージです。

▲レイトレとパストレのざっくりとしたイメージの違い
目的を持たずにレイを飛ばす……自ずと「正確な情景を描画するためには、たくさんのレイをランダムに射出しなければならない」ということにイメージが繋がるのではないでしょうか。
恋のレイトレ、愛のパストレ
今回の「歌うテックニュース」では、レイトレとパストレを、人間同士の出会いに喩えて、ラブソングっぽい青春ソングに仕立ててみました。
好きな異性に対するアタックや猛アピールは、「あの人と仲良くなりたい」という目的を持ったレイトレであると言えるでしょう。
学校帰り、たまたま近くを歩いて意中の人に声を掛けてみた……。そんなレイトレをしたことがあることは多いのではないでしょうか。
一緒に帰る機会が増えて、自分が出すレイを相手が好意的に感じ取ってくれたのであれば、その「想い」はかなり前進したことになります。レイを互いにいっぱい射ち合える仲になれば、どんどん二人の世界に彩りが増していくことになるでしょう。なんてロマンチックな!
好意を目線で送ることを「秋波」と言ったりしますが、まさに秋波とは「恋のレイトレ」におけるレイといえるでしょう。ロマンチックが止まりませんね!
筆者のような「モテない人」は、気になる相手に秋波(レイ)を1本送っただけでは不充分です。「一本射って何とかなる」のは「イケメン/美女同士に限ってのことだろ」と荒ぶっている人に、筆者は全面的に賛成します。
我々、非モテ勢は、パストレのように、全方位にたくさんのレイを射たなければダメなのです。「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」マインドは、実際のところ、かなりパストレに通ずるマインドだといえます。
「恋のパストレ」による全方位レイ乱射のレイの一本が、とある相手に届いたとき、その最初の一本のレで相手に「気持ち悪い」と感じられてしまったら、学生時代はともかく、社会人になってからは、深追いは禁物です。
「あの引き際、鮮やかだな」を相手に言わせるくらいに、さっとレイ撃ちをやめないと、セクハラ扱いになってしまうこともあるかもしれませんからね。
また、「恋のパストレ」は、あまりやり過ぎると、「いろんな人に声を掛けてるね」と浮気者のレッテルを貼られそうになることだってあるかもしれません。
しかし、たくさん放ったレイが、偶然、自分と相性バッチリな人に当たった……という逸話はそこかしこに転がっていますので、あきらめずに、レイを放ち続けることが重要なんだと思います。美しく確かな愛にたどり着くためにも、パストレーシングのように、たくさんのレイを放ってください。よい出会いがありますように……。
そんな思いで作詞して、歌にしたのが今回の曲「レイトレーシングとパストレーシングの唄」【♪光の先で僕は君と出会う】です。

そうそう、最近では「出会いための当たり前のツール」となったマッチングアプリはどうなのでしょうか。
実は、近代パストレ技術において、レイの射出に際して、マッチングアプリを使うような、新手法がNVIDIAによって発明されました。それが「ReSTIR法」という斬新なパストレテクニックです。
NVIDIAが発明した「マッチングアプリを使ったパストレ」……については、次回の「歌うテックニュース」で取り扱いたいと思います。








