MetaがAI録音ペンダントのLimitlessを買収しました。
Limitlessペンダントは買収発表の12月5日をもって終売。既存ユーザーに対しては「少なくとももう1年」はサービス継続を確約するとともに、AI文字起こしや要約・分析・対話サービスが無制限で使えるProプランを全員に無料で提供します。
Meta はRay-Ban Metaなどサングラスにカメラ・マイク・スピーカーを搭載したAIスマートグラス製品をすでに200万本以上販売するなど、自社のMeta AIやInstagram / Messenger / Facebook等を活用するウェアラブルAIデバイス事業に注力してきました。
今回のLimitlessの買収を通じて、あらゆる人に「パーソナルスーパーインテリジェンス」を提供するマーク・ザッカーバーグのビジョンを推進する狙いです。
Limitlessペンダントとは
Limitless (旧Rewind AI)は、2020年に創業したスタートアップ企業。当初はオンライン会議の録音・文字起こし・検索ツールを提供していましたが、PCのデスクトップに表示されたものをすべて記録しAIが分析するパーソナルAIツール「Rewind」を発表して大きな注目を受けていました。OpenAIのサム・アルトマンやA16Zなどからも出資を受けています。

Limitlessペンダントは2024年に発表したハードウェア製品。小さく目立たないペンダントの形状ながら約100時間録音でき、会議や通話の内容、日常会話、聴いたり自分で口にした音声のライフログを丸ごとAIで分析・コンテキスト化できるコンセプトです。
いわゆるライフログ系一般に共通することですが、従来のボイスレコーダーでは長時間・多数記録するほど何がどのファイルにあったか分からなくなり、確認や書き起こしツール利用にも手間と時間がかかるため、録っただけで活用が難しい問題がありました。
一方、Limitlessにはファイル転送の概念すらなく、ペンダントを身につけているだけでスマホアプリとウェブアプリに刻々と書き起こしが溜まり、AIが分析して話題ごとに分かりやすい見出しを付けてくれます。
見出しも「~についての会議」「~での雑談」等だけでなく、タップすれば会話の流れまで小見出しで一望でき、必要とあれば実際の発言も再生できます。

書き起こすだけでなくAI (LLM)のコンテキストになっているため、何かを探したい場合もLimitless AIに「先週のXXプレゼンの質疑応答をまとめて」や「誰かとXXの話しなかったっけ?」「何と何を買うんだっけ」等のアバウトな質問で、AIによるまとめや実際の録音を辿れる仕組みです。
寝ていて聞き逃した運行状況アナウンスをスマホで確認する、誰かと会う前に過去の会話をまとめて遺恨や口約束を予習復讐する、過去の会話からやることのリマインダーをAIが作る、仕事やプライベートな目標の設定と達成状況のトラッキング等の使い方、あるいは単に記憶や集中に問題がある人の補助や、覚えていなければならない負荷を下げる活用法もあります。
本来はAIによる分析部分が月に20時間まで無料、有料サブスクのProプランならば無制限というサービスを提供していました。
ペンダント単体は99ドルと比較的安く、本格的に利用するユーザーからのサブスクを目当てにしたビジネスです。
Metaによる買収で、現状のペンダントユーザーにとっては「最低でもあと1年」しか継続利用はできなくなるものの、少なくともその間は、録音の時間を気にせず使いまくれることになります。
新規のペンダント販売は終了。同時に、Metaのポリシーや戦略と整合性を取るためか、ブラジルや中国、韓国、英国、EUなどではLimitlessのサービス提供を停止しました。
該当地域のユーザーがこれまでにアップロードした文字起こしデータ等は、2025年12月19日までエクスポートできます。
Meta AIグラスとLimitlessペンダントを併用する1ユーザーのお気持ち
ここからは蛇足。歴代のMetaスマートグラスとLimitlessペンダントを便利に使っている1ユーザーとしての感想を少々漏らすと、MetaのLimitless買収自体は、「まあ、そうなるな」「よし来た!」「勘弁してくれ」が入り混じる複雑なお気持ちです。

「そうなるな」については、シンプルにLimitlessペンダントが優れたプロダクトで市場的にも高い評価があること。とはいえコストがかかる外部のAIプロバイダに依存するサブスクと、独自のスマホアプリに依存したハードウェア販売という、単独での拡大に限界がある事業でもあり、いわゆるAI競争に莫大な投資をする大手からすれば買収の対象にしやすいこと。
他のAIレース参戦企業による買収もあり得たはずですが、すでに自社でモバイルプラットフォームを持ち、アクセサリ等のエコシステムを築いている側からは相対的に旨味が少ないという見方もあります。
逆にMetaにとっては「パーソナルスーパーインテリジェンス」なる構想にそのまま合致しており、目や耳に近いデバイスを押さえることで、他社のモバイルプラットフォーム依存を将来的には脱却したいウェアラブルデバイス戦略にも沿っています。
自社のFacebook / Instagram / WhatsApp 等々のデータをMeta AIに集めて統合する際、現在は欠けているリアルの音声データを集められる、メガネではフォームファクタとバッテリーの関係から難しい常時記録を補完する存在としても理想的。

「よし来た!」の部分は、便利に使っているLimitlessではあるものの、現状では他社サービスとの連携が限定的で、ペンダントで聴いたり発言した内容と、独自アプリに集めた音声に限られがち、Limitless内部に留まりがちで、本来のポテンシャルを十全に活かしきれていない点を残念に感じていたため。
Limitlessはペンダントに続くデバイスの開発も以前からロードマップに載せており、そちらの実現がMetaの資金で近づく期待もあります。
シンプルに、大量にリリースされては消えてゆく「AIガジェット」のなかで、たまたま使っていたものが晴れて?列強に仕官が叶い、良かったねダン(CEO)という気分もなくはありません。

「勘弁してくれ」については、ここまでくればほぼご想像のとおり。よりにもよって、あるいは必然的に、買ったのがMetaで独自のエコシステムに吸収される可能性が高いこと。
実際にMetaのスマートグラス、現在は Meta Ray-Ban Displayを便利に使っている身で、また Meta Questも不人気のPro含め代々を使っているほど Meta のエコシステムに入れ込んではいますが、だからこそ、Google や Apple のいわゆるWalled Garden、囲い込みに対してオープンな相互運用性で立ち回るのではなく、もっと狭いガーデンで勝負しようとするMetaの絶妙な不便さが身にしみています。

たとえばスマートグラスのMeta Ray-Ban Display は声だけで、あるいは筋電バンドMeta Neural Bandを着けた指先の動きだけで主観の写真や動画を撮り、AIに解釈や記憶させたり、そのままインスタやFacebookのストーリーに載せる、MessengerやWhatsAppで誰かに送るといったことができる、実に素晴らしいデバイスです。
毎日使っていて未だにうっとりするほどよく出来た製品ですが、どこまで行ってもMetaの遠大な戦略のためのデバイス、AppleやGoogleに逆襲を期するザッカーバーグの剣なので(※若干の邪推を含みます)、Meta傘下ではないサービスには、音楽サービスなど若干の例外を除き、現状でほとんど対応しません。
各社のいわゆるスマートグラスやスマートウォッチは、iPhone や Androidデバイスの通知を取得して表示する、読み上げる、各OSのAPIを通じて返信するといった機能を備えるものが多数ありますが、MetaのスマートグラスはモバイルOSの通知をそのまま表示する機能にすら対応しません。
(もちろん、まだ登場したばかりのデバイスで、開発者向けのSDKもディスプレイがないスマートグラスについて展開が始まったばかりという理由、将来的にモバイルアプリ連携が増えたり、Questのストア的に自前のメガネエコシステムを育てる可能性も大いにありますが。)
また、こちらは方針的な理由というよりも段階的な製品展開の都合ではありますが、そもそも日本では(まだ)売っていないため日本語にも未対応。リアルタイム翻訳は眼の前に字幕が浮かぶ強力な機能ですが、日本語も他のアジア言語も翻訳元・翻訳先には選べず、現状では英語と欧州の言語一部のみ。
Meta AIについても現状ではグラスからは日本語で使うことはできず、つい先日、ウェブやMeta系サービスを通じて日本国内向けの提供が始まったばかりです。
他社のもっと安価なスマートグラス、AIグラス製品は、もともと自前のメッセージングなりソーシャルメディアプロダクトを持っていないため、必然的にグラスとしての使いやすさを前面に、iOS や Androidとの親和性、他社アプリとの相互運用性を高める方向で競争しており、ハードウェア的には天と地の差があっても、スマホの通知が読めるだけMeta Ray-Banよりよほど便利といった現象にもたびたび遭遇します。
『Meta AIが国内解禁、スマートグラスからインスタグラムまで統合の「パーソナルスーパーインテリジェンス」目指すAIアシスタント。提供は段階的 』
イノベーションと競争、ロックインと相互運用性の問題はひとつの正解があるわけではなく、プラットフォームと消費者、その非対称性を緩和するルールが不断の努力をもって公正な環境を維持するもの。
「意地を張って囲わず大人しく対応すれば良いのに」は、結局のところ相対的に大きなガーデンを勝たせて囲い込むだけで、競争と選択肢を減らし消費者の首を締めることは、歴史が繰り返し証明してきたことです。
そもそもMetaが莫大な資金を投じてメタバース用VRゴーグルの開発と格安販売だの、広視野角・高透過なメガネ型ディスプレイだのムーンショット気味のプロジェクトに突撃するのも、ザックがPC時代のFacebookで誇った栄華をモバイルプラットフォームに奪われた屈辱から「スマホの次」で返り咲きたい復讐心に取り憑かれた結果であって(※諸説あります)、その執着がなければどちらのデバイスも現状のようには存在していないことも確かです。

とはいえMeta Ray-Banが素晴らしいほど、「スマホの通知をそのまま受けてくれるだけでiMessageやLINEが使えるのに」「Apple Glass (仮)やメガネ版 Android XRがでたら、アプリの選択肢が増えるだけでもっと便利そう」と素朴に思ってしまうことは事実。
問題をややこしくするのが、どのプラットフォーマーも確実に目指しているパーソナルAIの時代に、ウェアラブルなりオンラインサービスなりで集めたデータをどこに集約するか、そこにユーザーの選択や主体性はどこまで活かされるのか、ルールがまだ不透明なこと。

Limitless AIが音で聴いたことしか理解できないのに比べれば、(ユーザーの制御を前提に) Instagramで見かけたものやMessengerで届いたメッセージ、FacebookのソーシャルグラフをあわせてMeta AIが理解してくれるのは大いに前進ですが、Geminiからは見えずGmailに来たメールは分からない、Siri に聴いても分からない状態ではテクノロジーの可能性を無駄にすることになります。
AI時代の新たな囲い込みと、エージェント技術等を通じた相互運用は今まさに道筋が見えそうな最前線。AIによって、かつてはユーザーの選択肢を狭めていた「乗り換え」やエコシステムを跨いだ使い方のコストが下がる可能性もあります。
パーフェクトワールドは実現しないにしろ、ザックには今回買ったLimitlessを武器にさらにクールなデバイスやサービスを作り、競合にプレッシャーを与えることで競争の場を平らに、結果的に相互運用性と消費者の選択肢を維持する方面への影響を期待したいところです。
(蛇足の蛇足。Oculusからの移行騒ぎが示すように、現実のアイデンティティであるFacebookとあらゆるサービスを結びつけようとしてきたMetaは一部では未だに蛇蝎のごとく嫌われていますが、買収に次ぐ買収でエコシステムを拡大してきた経緯もあってか、現在の「アカウントセンター」の仕組みはかなり自由度と透明性が高くなっています。
アカウントセンターは、Metaが運営するサービスの各アカウントをかなり自由に連携させたり、切り離して入れ替えたりできる仕組み。まとめても不可逆に合体してしまうわけではなく、このサービスにはこのアカウントと複数で運用する使い方は、GoogleやAppleよりも結果的によほど快適ではあります。)










