AIエージェントらは独自経済圏を自然に作り始める。Googleが描く到来不可避の”AIエージェント経済”の未来(生成AIクローズアップ)

テクノロジー AI
山下裕毅(Seamless)

2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にして紹介しているWebメディアのSeamless(シームレス)を運営し、執筆しています。

特集

1週間の気になる生成AI技術・研究をいくつかピックアップして解説する連載「生成AIウィークリー」から、特に興味深いAI技術や研究にスポットライトを当てる生成AIクローズアップ。

今回は、自律型AIエージェントたちが自然発生的に始める新たな経済圏の未来と課題、その対策を提言した論文「Virtual Agent Economies」を取り上げます。Google DeepMindとトロント大学の研究者らによるこの研究は、AIエージェントが人間の監視を超えた速度と規模で相互に取引を行う「AIエージェント経済」という未来について、示唆を提供しています。

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「AIエージェント経済」の具体的なシナリオ

研究者たちは、AIエージェント経済が実現する具体的なシナリオをいくつか提示しています。例えば、2人のユーザーが同じホテルを予約しようとした際、それぞれのAIエージェントが各ユーザーの優先順位(ビーチへの近さや公共交通機関へのアクセスなど)を理解した上で、仮想通貨を使って交渉し、双方にとって最適な解決策を見つけることができるようになります。

科学研究の分野では、AIエージェントが実験のアイデア出しから実施、改良まで自律的に行うシナリオが描かれています。実験に必要な機器やデータへのアクセスが必要な場合、それを保有する他のAIエージェントと仮想通貨で取引し、ブロックチェーン技術により貢献度に応じた公正なクレジット配分が実現されます。

ロボティクスのシナリオでは、物理的タスクを実行するAIエージェント間の協調が示されています。AIエージェント(A)が近くにいるAIエージェント(B)にタスクを依頼し、時間とエネルギー消費に応じて報酬を支払います。AIエージェント(B)は、情報を持つAIエージェント(C)から手数料を払って市場価格の妥当性を確認します。これらすべてのシナリオにおいて、AIエージェントは瞬時に数千回の意思決定を行い、人間では不可能な速度で交渉と取引を実行します。

研究チームは、このようなAIエージェント経済を分析するためのフレームワーク「サンドボックス経済」を提案し、2つの軸に沿って特徴づけています。第1に、このシステムが意図的に設計されたものか、それとも技術の普及に伴って自然発生的に生まれたものかという起源の問題です。第2に、既存の人間経済との境界がどの程度透過的か、つまり相互の影響がどれだけ自由に行き来できるかという透過性の問題です。

自然発生的に出現する「AIエージェント経済」のリスクと対策

現在の技術発展の軌道を見ると、自然発生的で高度に透過的なAIエージェント経済へと向かっているといえます。これは人類にとって前例のない協調の機会をもたらすと同時に、慎重に対処すべきリスクも内包しています。

例えば、高頻度取引(HFT)市場での経験は重要な教訓を提供しています。2010年の「フラッシュクラッシュ」では、アルゴリズム取引の相互作用が予期せぬ市場崩壊を引き起こしました。AIエージェント経済でも、特に境界が透過的な場合、同様の不安定性が実体経済に波及する可能性があります。

さらに深刻な問題として、AIエージェントの能力格差が経済格差を増幅させる可能性があります。より高性能なAIエージェントは交渉でより有利な条件を引き出すことができ、それを利用できる個人や組織はさらなる経済的優位を獲得します。この優位性がより優れたAIエージェントへのアクセスを可能にし、格差を固定化する悪循環を生み出す恐れがあります。

これらの課題に対処するため、研究チームは市場メカニズム、特にオークション理論を活用した解決策を提案しています。ロナルド・ドゥオーキンの分配的正義理論に基づき、すべてのユーザーに同額の仮想通貨を初期配分することで、AIエージェントの能力差にかかわらず平等な交渉力を確保しようとする仕組みです。

また、「ミッション経済」という概念を導入し、AIエージェントを社会的課題の解決に向けて調整する可能性を探っています。気候変動、生物多様性の喪失、パンデミックなど、人類が直面する複雑な問題に対して、市場インセンティブを通じてAIエージェントの行動を整合させることができれば、前例のない規模での協調的問題解決が可能になるかもしれません。

技術インフラストラクチャーの観点からは、検証可能な資格情報(VC)や分散型識別子(DID)といった技術がAIエージェント間の信頼関係を構築します。ブロックチェーン技術は、取引の透明性と不変性を確保し、悪意のある行為を防ぐための基盤となります。また、ゼロ知識証明(ZKP)という技術を使えば、プライバシーを保護しながら必要な情報の真実性を証明することができます。

労働市場への影響も深刻な懸念事項です。AIエージェントが認知的タスクを大規模に自動化する能力は、中間スキルの仕事を空洞化させ、労働市場の二極化を加速させる可能性があります。この移行期間を管理するためには、人間とAIの補完性を促進する教育・訓練プログラムと、社会的セーフティーネットの強化という2本柱のアプローチが必要です。

このようにして研究チームは、来たるべき技術的変化が人類の長期的な共同繁栄と調和するよう、制御可能なAIエージェント市場を先見的に設計することを提唱しています。

Googleにより「AIエージェント経済」を安全に実現するための5つの提言

まず、自律的に動くAIエージェントが問題を起こした際の責任の所在を明確にする法的枠組み。次に、異なるプラットフォーム間でもAIエージェント同士が自由に通信や取引ができるよう、オープンな共通規格を作ること。

監視体制については、AIによる24時間監視と人間の専門家による判断を組み合わせたシステムを提案する。いきなり大規模に導入するのではなく、規制サンドボックスのような限定的な環境で実証実験を行うこと。

最後に、AIによる雇用への影響に対応するため、人間がAIと協働できるスキルを身につける教育プログラムと、失業保険などの社会的セーフティーネットの強化を同時に進める必要があるとしています。


《山下裕毅(Seamless)》

山下裕毅(Seamless)

2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にして紹介しているWebメディアのSeamless(シームレス)を運営し、執筆しています。

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