Massive MIMOはドコモがつながらない「パケ詰まり」を解消するか。アンテナ小型化で都市部への導入が現実的に(石野純也)

テクノロジー Science
石野純也

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ケータイライター/ジャーナリスト

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慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行う。ケータイ業界が主な取材テーマ。

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▲エリクソンでは、トラフィックの伸びを吸収するための重要な技術として、Massive MIMOを挙げている
  • ▲エリクソンでは、トラフィックの伸びを吸収するための重要な技術として、Massive MIMOを挙げている
  • ▲いち早くMassive MIMOを導入したソフトバンク。画像は、その仕組みを解説したページで、トラフィック対策に効くとされている
  • ▲ドコモも、パケ詰まり対策の一環として小型かつ省電力のMU-MIMOを導入する。フィールド検証では2倍の容量を確保できることを実証済み
  • ▲エリクソンは、日本トラフィックが10年で14倍に伸びると予測。過去5年の伸びは、予測値に近いという
  • ▲エリクソンのイベントで展示されていた同社の小型Massive MIMO対応無線機となる「AIR 3268」。「Galaxy Z Fold5」と比較するとさすがに大きいが、アンテナとしてはコンパクトにまとまっている
  • ▲5Gを進化させるカギとうたっているだけに、エリクソンはMassive MIMO対応基地局のラインナップを拡充中。写真は2月のMWCに合わせて発表したAIR 6476

パケ詰まり解消の一手と言われている技術が、MU(MultiUser)-MIMOやMassive MIMOと呼ばれるアンテナです。Massive MIMOとは、多素子アンテナのこと。

従来は2本ないしは4本だったアンテナを大幅に増やし、一度に通信できる端末の数を増やすというのがその中身。渋谷や新宿といった、毎日が花火大会のような場所で効果が発揮されやすいと言います。

ファーウェイやZTEはMassive MIMOへの対応が早く、これを採用していたソフトバンクは、4Gのころからこれをネットワーク容量拡大のキモとしてアピールしてきました。

現在は経済安全保障の観点で、中国ベンダーの基地局は採用しづらくなっていますが、エリクソン等の欧州ベンダーもMassive MIMOの開発を行っており、そのラインナップも増えています。

▲いち早くMassive MIMOを導入したソフトバンク。画像は、その仕組みを解説したページで、トラフィック対策に効くとされている

パケ詰まりに悩まされるドコモも、対策に300億円を前倒しで投資する一環として、Massive MIMOの一種であるMU-MIMOの導入を発表。これによって、1つの基地局から発射する電波の容量を2倍程度まで高めることができるとしています。


ソフトバンクも、「突出した効果があるかどうかまでは分析できていない」としつつも、「高い周波数をより広いエリアで使う際に電波の弱くなる場所を少なくできる」(チーフ・ネットワーク・オフィサー 関和智弘氏)と言い、その効果を認めています。セル端を減らせることで、パケ詰まりを解消しやすくなるメリットもあると言えるでしょう。

▲ドコモも、パケ詰まり対策の一環として小型かつ省電力のMU-MIMOを導入する。フィールド検証では2倍の容量を確保できることを実証済み

ただ、日本の都市部ではビル屋上などに基地局を設置することが多く、大型になりがちなMassive MIMOのアンテナは耐風基準や耐震基準を満たせないことがあるといいます。ソフトバンクの関和氏も、「積極的に使いたいが、一方でアンテナが大きく、建設コストとどの程度バランスするのかの悩みもある」としています。

新たにMU-MIMOの基地局を導入するドコモのネットワーク本部長 小林宏氏は、電源に関する課題を指摘。「5Gは消費電力が大きく、電源回りや使う電力などでオーナーとの調整が必要になる」と話しています。

サイズや電力消費量の問題もあり、キャリアが積極的に設置したいとしても、ビルオーナーが首を縦に振らなかったり、物理的に設置が難しかったりするというわけです。とはいえ、日本でもデータトラフィックは年々増加しており、周波数や基地局数を増やしていくだけでは限界もあります。20日にイベントを開催したエリクソン・ジャパンの野崎哲社長は、「20年から30年までの間でデータトラフィックが約14倍に伸びる」という予測値を紹介。「22年3月までの5年間をプロットとすると、大体その予測に乗っている」としています。

▲エリクソンは、日本トラフィックが10年で14倍に伸びると予測。過去5年の伸びは、予測値に近いという

このトラフィック増加にネットワークのキャパシティが追随できないと、「通信品質を維持向上させるのが難しくなる」と野崎氏は言います。実際、ドコモでパケ詰まりが頻発しているのは、コロナ明けで急増したトラフィックに、ネットワークのキャパシティが追い付いてしなかったことが主因です。

この解決策になるのが、ミッドバンド(3.7GHz帯や4.5GHz帯など)の周波数帯を使った5Gのエリアの拡大。これに加え、野崎氏は「トラフィックが集中する大都市では、Massive MIMOを使ってキャパシティを強化する必要がある」と指摘します。

▲エリクソンでは、トラフィックの伸びを吸収するための重要な技術として、Massive MIMOを挙げている

こうした状況に対し、先に挙げたように、ドコモもパケ詰まり対策の一環としてMU-MIMOの基地局を導入することになりました。設置場所などの課題はありましたが、基地局とアンテナの一体型装置を小型化、省電力化することでこれをある程度解決。

「これまでドコモが使っていたものより、かなり小型で低消費電力になり、設置条件が緩和される」(小林氏)としています。

もちろん、装置の置き換えの交渉は必要ですが、小林氏は「これなら設置してもいいと言っていただけるのではないか」と期待を寄せています。

Massive MIMOアンテナの小型化は、グローバルなトレンドでもあります。エリクソンもその1社で、同社は21年に重量わずか12kgの「AIR 3268」というMassive MIMOアンテナ一体型無線機を開発。発表時点では、従来比で40%ほど重量を削減したとうたわれていました。

実際、そのサイズ感は非常にコンパクト。上記のエリクソンのイベントで展示されていた実機を「Galaxy Z Fold5」と比較した写真が以下になります。

▲エリクソンのイベントで展示されていた同社の小型Massive MIMO対応無線機となる「AIR 3268」。「Galaxy Z Fold5」と比較するとさすがに大きいが、アンテナとしてはコンパクトにまとまっている

エリクソン・ジャパンのCTO、鹿島毅氏によると、「Massive MIMOのサイズが大きくなるのは、消費電力が大きく、放熱のためという側面がある」とのこと。

これに対し、エリクソンは無線機側で使用するチップセットを独自に開発。そのEricsson Siliconは「世代ごとに高性能に、消費電力も小さくなった結果、筐体も小さくできている」と言います。

上記のAIR 3268は、最も小型のものですが、MWC Barcelonaに合わせて発表された最大600MHz幅の帯域幅に対応する「AIR 6476」も、比較的コンパクトなサイズ感。

こちらは30kgほどあり、AIR 3268よりは重めですが、60kg程度あった初期のMassive MIMO対応無線機と比べると、設置はしやすくなっています。鹿島氏も、「事業者(キャリア)に懸念がある中でお話をしているが、確実に前進はしている」と話します。

▲5Gを進化させるカギとうたっているだけに、エリクソンはMassive MIMO対応基地局のラインナップを拡充中。写真は2月のMWCに合わせて発表したAIR 6476

エリクソンは基地局を売るベンダーのため、セールストークという側面があることは否めませんが、Massive MIMOにキャパシティ拡大の効果があるのも事実。それだけでパケ詰まりが解決するような魔法ではないものの、都市部での導入が進んでいくことは間違いないでしょう。

ここまで挙げてきた課題もあり、日本は、Massive MIMOの導入率が特に低いと言われていただけに、今後の巻き返しには期待したいところです。


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《石野純也》

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慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行う。ケータイ業界が主な取材テーマ。

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