Opinion:公平競争に「アプリ代替流通経路」導入が必須とは思えない3つの理由 (西田宗千佳)

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西田宗千佳

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フリーライター/ジャーナリスト

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1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。

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内閣官房デジタル市場競争本部が取りまとめをしている「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」のパブリックコメント募集期間が、8月18日までに迫っている。

この話は多くの場合、「スマホOSのサイドローディングを認めるのかどうか」という観点で語られる。それは重要な論点ではある。

だが、この話はサイドローディングだけを議題にしたものではない。公正競争自体は非常に重要なことだ。一方で、今のスマートフォン・プラットフォームの特徴から、単純な規制・公開だけで語れる話でもなくなっている。

筆者が考える重要な観点を少しまとめてみた。

その上で、反対と思われる部分・賛成と考える部分について、パブリックコメントの投稿などもご検討いただければと思う。

「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」のパブリックコメント募集期間は、8月18日まで

「モバイルプラットフォームでの公正競争」はとても重要

そもそも、なぜ政府は「モバイル・エコシステムに関する競争評価」をしているのか?

簡単に言えば、スマホOSのプラットフォーマーとして、強い会社が2つしかないからだ。ほとんどの人が、アップルのiOSかGoogleのAndroidを使っており、アプリケーションの流通経路としても2社のアプリストアを使っている。

2社は別に悪辣非道な会社ではない。むしろほとんどの面では公正なビジネスをしているし、顧客保護も重視している。ただ、プラットフォーマーとして大事にすることと、各国の市場や文化に合わせた事情は時に対立することがある。

その場合、消費者の選択肢はより多く、自由である方が望ましい。選べなければ、誰もがプラットフォーマーのいうことを聞かなければならないためだ。

一方で、プラットフォーマーを急に増やすことができるのか、というとそれは現実的ではない。そこで、各国ではプラットフォーマーに対して「公正に競争する上で必要な要件」を突きつけ、守らせようという議論が進んでいる。ヨーロッパ諸国は比較的強固で、日本がそれをみながら議論を進めているようなところがある。

こうした議論自体を否定するべきではないだろう。

単純なサイドローディングは「悪意ある人」に有利でありすぎる

ただ、どこが課題でどのようなルールを作るべきか、という点では、色々と議論の余地がある。

理想的には自由であるべきなのだろうが、セキュリティ対策などを考えた場合「縛りはあった方が消費者にとってはプラスである」部分もあるからだ。

その典型が「サイドローディング」だろう。「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」の中では現状「アプリ代替流通経路」と呼称されている。

サイドローディングとは、アプリストアを介さずにウェブなどからアプリをインストールして利用できるようにする仕組みのこと。アプリストアが独占の起点であるならば、そこを解放させよう……というのは理にかなっているようにも見える。

しかし、この点については、筆者も含め反対論を唱える人も多く、「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」でも、ストレートには採用されない方向性にある。

理由は「セキュリティ」だ。サイドローディングを無制限に許すことは、マルウェアや偽アプリの氾濫を招く可能性がある。

スマホ上では「アプリストア」という枠をかけることで、アプリの提供元確認やセキュリティ上の審査などを行なっている。これがなくなると、確かに販路が自由になりはするのだが、排除すべき「マルウェア開発者」「偽アプリ開発者」などにも同じく自由を与えてしまう。

現状、審査が防壁として役立っているのは間違いなく、それを外すことは自由競争によるメリットを超えるデメリットになりうる。

サードーパーティーストアの導入は現実的なのか

では、単純で完全に自由なサイドローディングを認めるのではなく、「OSプラットフォーマー以外のアプリストアの存在を認める」のはどうか。

前述の通り、「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」では「アプリ代替流通経路」と表記されるようになったのだが、それは「サードパーティー・アプリストア」の導入を視野に入れたものだ。

これは確かに一理ある。報告書の中ではその検討が例示されている。

サードパーティストアの可能性については、報告書の中でも検討されている

一方で、審査などのコストをかけてまでアプリストアをやりたがる事業者が多いか、というと、収益性に疑問はあり、「たくさん出てくる」と考えるのは厳しい。政府が考えるほどの競争にはならない可能性が高い。

ユーザー視点で見れば、価格や利便性など、大きなメリットが生まれない限りストアを切り替える意味は出てこない。現状でもAndroidでは「アプリ代替流通経路」が利用可能だが、使っている人はほとんどおらず、収益性は低い状況だ。

また、サードパーティーストアを展開する場合のアプリ審査をどこがどうやるのか、という問題も残っている。

方法論としては、

・プラットフォーマーが審査をサードパーティーストアから請け負う

・プラットフォーマーの審査内容を開示し、他社が審査を行う

・今のストアほどの審査は行わず、自動審査で認証だけ行う

などが検討されている。

だが、現在と同等のセキュリティを維持する仕組みを作ろうとするほど、コストがかかってサードパーティーストア運営側の旨みが減る。3つ示した最後の簡易審査的な手法だと、セキュリティレベルは下がる。今のストア審査体制でも「偽アプリ」が出回ることがあるが、それらが増える可能性は否定できない。

仮の話だが、集客を目的に「信頼性が低い事業者が、ラフな審査+安価な手数料でストアを開く」可能性も否定はできない。

サードパーティストアの「ペアレンタルコントロール」は大丈夫か

そして、筆者としてはもう1つ懸念がある。

ペアレンタルコントロールなどが機能しなくなる可能性があることだ。

現状、「アプリの利用時間を抑制する」「アプリのダウンロードや課金を抑制する」といった機能は、保護者が子どものスマホを管理する形で行なっている。

そして、その前提となっているのは「OSプラットフォーマーのアプリストアであること」だ。アップルにしろGoogleにしろ、ペアレンタルコントロールでは「スマホの使用時間」と「アプリの制約」の2軸があり、現在はOSを管理するアカウントとストアを管理するアカウントがつながっているので、当然のフレームワークではある。

アップルとGoogleのペアレンタルコントロールに関する解説ページ。それぞれによくできた仕組みだと思うので、ご一読をお勧めする。

アップル

Google

他方、仮に他社ストアを容認する場合には、OSプラットフォーマーのストアだけでなく、他社ストア向けのアカウントの導入なども親が管理することになる。

さて、それをちゃんとできるだろうか?

枠組みとして「プラットフォーマーが他社ストアのアカウント管理やペアレンタルコントロールにも手をだす」必要が出てくるが、それも現実的ではない部分がる。

だとすれば、1つの解決策として「子どもには他社ストアを使わせない形にすればいい」という話にはなる。

ただそこまで行くと「年齢詐称」などが行われる可能性は高い。要は、子どもが勝手にサードパーティ・アプリストアのアカウントを作ってしまって、親がそれを認識できない可能性だ。どう考えても、この辺は親より子どもの方が上手だ。

その辺まで含めて厳密な管理を求める場合、さて、「アプリ代替流通経路の導入」はベストな選択なのだろうか。こうした観点は、教育関係者からの懸念として聞こえてはくるが、政府側での検討からは見えづらい。

少々脱線気味の話だが、実際には割と「年齢を詐称してネットサービスを使うことを、親がカジュアルに認めてしまう」例が少なくない。

ネットゲームやSNSなどの利用状況を見れば、なんとなくイメージできるのではないだろうか。本来使えないはずの年齢なのに、SNSやゲームをプレイしている例は多い。「やりたい」と思う子どもの気持ちは(自分もそうだったから)よくわかるが、ペアレンタルコントロールの機能が存在することが重要だ。保護者側がちゃんと管理できることと、なし崩しになってしまうことにはやはり隔たりがある。

「変えるべきところ」はまず決済、圧力より実効性を

そもそも、自由な競争を守る場合、まず重要なのは「決済の自由度を高める」ことだ。決済がOSプラットフォーマーに紐づけられないなら、価格面・ビジネス面の自由度は高まる。

現状、アプリ外部での決済とアプリ内決済がイコールな状況になく、事業者・消費者側での選択には制約がある。外部決済が常に有利というわけではない(特に海外にアプリを売る場合、プラットフォーマーと組んだ方がコストは下がる)のだが、現状からの見直しができる、ということは重要だろう。

また、アプリの審査などについて一定の透明性を求めることも重要だ。

ただ、透明性確保も外部決済の本格導入も、「アプリ代替流通経路」を無理に導入しなくても実現できる話だし、そのための交渉をプラットフォーマーと行った方が有意義である。消費者も、無理に消費行動を変える必然性がなくなる。

実現の可能性が高く、日本の事業者にも消費者にもメリットが高い方法を選ぶべきではないだろうか。


《西田宗千佳》
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