バッハやサティの楽曲自動生成&演奏プログラムがそれなりに好評なようで、ありがたいことです。この他にも、キース・ジャレットのピアノソロを、いや、ビル・エヴァンスで、みたいな要望があるのですが、これがなかなか難しい。キース・ジャレットのは取り掛かっているのですが、なかなかいいものにはなりませんね。
もっと難易度の低いものをということで、モーツァルトに目をつけました。そういえば、モーツァルトには、サイコロを振って曲を作っていたという伝説があります。これをやってみようかと考えて、例のごとく、Claudeに投げてみたら、数十分後に出来上がりました。

2個のサイコロを振って、その組み合わせによって、あらかじめ用意したピアノ楽譜のどの部分を採用するかを決定し、16回振ると1曲分ができるというもの。あらかじめ用意した譜面というのは、ループミュージックに通じるものがありますよね。そして乱数。譜面がハッシュ値といった感じで、これはマシンミュージックなのではないでしょうか。
・DICE THE MOZART — 賽を振るモーツァルト
https://matsuo-koya.github.io/dice-the-mozart/
「伝説」ではなく、実物が残っていた
作りはじめてすぐ、これまでの2つとは性格がまるで違うことに気づきました。
バッハもサティも、僕がやったのは「様式の規則を書いて、そこから音を生成する」ことでした。機能和声のグラマーを組んだり、ジムノペディの書法を数値で測って寄せたり。つまり、作曲家が残したものを分析して、そこから新しい音を作っていたわけです。
ところがモーツァルトの場合、本人(とされる人)が組合せ機械そのものを残しています。
《音楽のさいころ遊び》ケッヘル516f。1787年の日付が入った自筆とされる紙には、1小節ずつの断片が176個並んでいます。そして、2個のサイコロの目の和(2~12)と小節番号(1~16)から、176枚のどれを引くかを指定する11×16の表。これが1790年代のはじめ、ベルリンのレルシュタープ版、ボンのジムロック版として刷り物になって出回ります。モーツァルトが死去する(1791年)前後のことです。
刷り物の惹句がまた良くて、英訳版にはこうあります。
Instruction To compose without the least knowledge of Music so much German Walzer or Schleifer as one pleases, by throwing a certain Number with two Dice.
「音楽の知識をこれっぽっちも持たずに、ドイツ風ワルツやシュライファーを好きなだけ作曲するための手引き。2個のサイコロで、ある数を出すことによって」。18世紀の啓蒙時代、サロンの遊びです。
つまり、生成する必要がない。原典をそのまま動かせばいい。それに気づいてから、方針を「作らない」に切り替えました。
176枚の札と、11×16の表
というわけで、このアプリは音を生成していません。ネットに公開されている原典のデータ(HumdrumのkernというMIT系の楽譜記述形式。Craig Sapp、Daniel Shanahan、Mauricio Rodriguezの3氏が2021年に浄書したもの)を読み込んで、原典の表どおりにサイコロを引いています。

面白いのは、この176枚がよくできていることです。どの目が出ても音楽として成立するように、各小節の和声上の役目が先に固定してある。だからサイコロが何を出しても破綻しない。
しかも第8小節だけは特別で、11枚の候補それぞれに1番括弧と2番括弧の2小節ぶんが書かれています。前半を弾いて1番括弧で戻り、もう一度弾いて2番括弧から後半へ入る。この構造まで原典どおりに再現しました。
組み合わせの数は 11の16乗=45,949,729,863,572,161通り。約4京6000兆曲です。
無限ではないので、無限音楽機関シリーズには入れられません(笑)
サイコロは平等ではない
ここが個人的にいちばん面白かったところ。
2個のサイコロの和は、7が36分の6、2と12は36分の1。つまり出やすい曲と出にくい曲がある。全部7が出る曲は、全部2が出る曲より 6の16乗=約2兆8000億倍 出やすい。

情報量(シャノンエントロピー)で数え直すと、1回振って得られるのは3.2744ビット。平らなら3.4594ビットなので、少し目減りしている。16回ぶんで52.4ビット、つまり実質的な曲数は4京6000兆ではなく約5900兆曲ということになります。
これは抽選機ではなく、起伏のある地形なんですね。均等な乱数だと思っていたら、実はサイコロという物理デバイスの癖がそのまま曲の分布になっている。この計算も画面に出しました。
譜面が「書かれていく」
インタフェースは、サイコロを転がすと譜面が育っていく、という一点にしぼりました。
サイコロを振る → 11×16の表の枡がひとつ灯る → その小節が五線譜に書き足される。16回で1曲。各小節の上には、それを引き当てたサイコロの目と、原典の何番の札かという番号(№104、みたいな)が刷ってあります。どこから来た小節なのかが見えるようにしたかった。
譜面はCanvas 2Dの完全手描きです。大譜表、3/8拍子、連桁、臨時記号、1番2番括弧、反復記号。フォント任せにすると環境によって五線との比率が崩れるので、音部記号以外は全部自前で描いています。ここがいちばん時間がかかりました。
サティのときは音符が鍵盤に落ちてくる作りにしましたが、今回は「紙に書かれる」を選びました。サイコロ遊びは印刷物として売られたものなので、紙のほうが合う。
1785年のウィーンの音で
音源はサンプルなし、ブラウザ内合成のみ。今回はTone.jsも使っていません(必要がなかった)。Web Audio APIを直接叩いています。
- フォルテピアノ — モーツァルトが自宅に置いていたアントン・ヴァルター製(1785年頃)を目安に、倍音を数本重ねて上ほど速く減衰させる。現代のピアノよりずっと早く音が消えます
- 自鳴琴(フレーテンウーア) — 自動オルガン時計。モーツァルトはこれのために実際に曲を書いています(K.594、K.608、K.616)。歯車が回れば人がいなくても鳴る楽器なので、サイコロで作った曲を鳴らすには、これ以上ふさわしいものはないだろうと
音律も選べます。十二平均律のほかに、キルンベルガーIII(1779)、ヴァロッティ(1754)、中全音律1/6コンマ。基準音高は当時のウィーンの a′=421.6Hz から440Hzまで。キルンベルガーIIIの421.6Hzで鳴らすと、平均律とは明らかに手触りが違います。
鍵盤はFF~f³の5オクターヴ61鍵。ヴァルターの当時の音域そのままです。そして幹音が黒、派生音が白。この時代のウィーンの楽器は、いまと白黒が逆のものが多かったんですね。現代の並びにも切り替えられます。

曲の「番地」
冒頭に書いた「譜面がハッシュ値」という直感、これがそのまま実装になりました。
16個の出目の並びが、そのまま曲の番地になります。`7492b3856a2947c5` のような16桁。これがURLの末尾に入るので、同じ番地を開けば同じ曲がもう一度出る。11進16桁の整数として、4京6000兆曲が並ぶ空間の座標でもあります。
つまりこの機械では、曲は「作られる」のではなく「呼び出される」。176小節が書かれた時点で、4京6000兆曲はすでに全部存在していて、サイコロはそのどれか一つを指しているだけ。ボルヘスの「バベルの図書館」みたいな話ですが、こっちは18世紀の実物です。
いま出した16個の目の並びは、ほぼ確実に人類初演で、そしておそらく二度と鳴らない。この遊びが刷られてから今日まで世界中で鳴らされた曲を仮に10億曲としても、空間の0.000000002%にも届きませんから。
あとは、サイコロを振るところから演奏までを通しで走らせて、そのままMP4に録画できるようにしました。1280×720の画面に、サイコロ・出目表・譜面・鍵盤を全部組んであります。MIDI書き出しと譜面のPNG保存も付けました。
164年後、ジョン・ケージが同じ道具を使った
1951年《易の音楽》。硬貨を投げて易経を引く。使う道具はよく似ています。
違いは、モーツァルト(の側)はどの目が出ても音楽になるよう先回りして準備し、ケージは音楽になるかどうかを問わなかったこと。偶然の使い方は、ここで二手に分かれたわけです。この機械は前者の側にいます。
偶然が様式を壊さないのは、様式のほうが偶然より先に決まっているから。自由にしてよい場所と、してはいけない場所を分ける。分け方さえ正しければ、中身は誰が決めてもいい――サイコロでも、機械でも。
これ、音楽だけの話ではないですよね。いまAIに仕事を投げるときにやっているのも、だいたい同じことです。
で、本人が書いたかどうかは分かっていない
最後にひとつ。ケッヘル目録でこの作品が入っているのは、偽作・疑作の部(Anh. C 30.01)です。1787年の自筆とされる紙は残っているけれど、「サイコロで遊べ」という指示は付いていない。遊び方の刷り物が出たのは、彼が死ぬ前後です。
ちなみに同種の遊びの最初の例は、1757年のヨハン・キルンベルガー。その翌年にはC.P.E.バッハもやっています。バッハの息子ですね。当時それなりに流行っていたジャンルなので、モーツァルトの名前は売るために乗っただけかもしれない。
筆者が今やっているヴァイブ・コーディングによる作家性の模倣に近いことをやっていたのでしょう。
ところで、ここまで書いて検索したら、落合陽一さんがこれを2023年に上演済み、古楽器で本物のピアニストと共演していたんですね。さすがです。
遊ぶ:https://matsuo-koya.github.io/dice-the-mozart/
ソース(MIT):https://github.com/matsuo-koya/dice-the-mozart
きょうだい:
- [無限バッハ機関 BACH PERPETUUM MOBILE] (https://github.com/matsuo-koya/bach-perpetuum)
- [SATIE ∞ 無限サティ機関] (https://github.com/matsuo-koya/satie-infinity)
楽曲そのものはパブリックドメイン。176小節と出目表の電子化は Craig Stuart Sapp、Daniel Shanahan、Mauricio Rodriguez の3氏によるもので、原典画像はIMSLPにあります。
ところで、無限バッハ機関を改良しました。無限偏差機関「DEVIATION∞」の聴き手シミュレータを組み込むことで、バリエーションが大幅に良くなりました。こんな感じで作っていけばいくほど、過去作品も良くなっていくのは嬉しいです。

変奏曲
1曲が25秒くらい。サイコロを振るところを含めても38秒で完結します。
これはこれでいいのですが、もう一つ思いついた機能追加があります。モーツァルトといえば変奏曲。例えばキラキラ星は、モーツァルトの代表的な変奏曲です。
モーツァルトの変奏技法を、出来上がったサイコロ楽曲に適用したらどうなるか、みてみたい、いや、聴いてみたい。
そう思ってClaudeに投げたら、「できます」の前に妙なものを出してきました。
176枚の和声を、全部測ってみた
やる前に確かめておくべきことがある、と言うのです。変奏曲というのは「和声と楽節の骨組みは動かさず、表面の音型だけを着せ替える」技法(図形変奏、Figuralvariation)だから、主題の骨がはっきりしていないと成立しない。サイコロで毎回ちがう16小節が出てくるのに、その骨は安定しているのか。
というわけで、176枚の札の和声をぜんぶ機械的に解析しました。小節位置ごとに、11個の候補が同じ和音を指しているかどうか。
16カ所中13カ所が完全一致。 残る3カ所も、割れているのは和音の「質」だけで、機能はどれも同じでした。
つまり、4京6000兆曲はぜんぶ同じ和声の骨を共有している。
考えてみれば当たり前で、そう作ってあるから遊びが成立するわけです。どの目が出ても音楽になるということは、どの目が出ても同じ骨に肉が付くということでしかない。でも、それを176枚ぜんぶ測って数字で見せられると、けっこう驚きます。18世紀のサロンの遊び道具の中身が、こんなにきっちり設計されているのです。
「和声と楽節は固定、表面だけ着せ替える」——さいころ遊びが成立している条件と、変奏技法が要求する前提が、まったく同じものだったんですね。
二つは同じ制約系の上に建っているから、繋がるんですね。
モーツァルトは、他人の歌で変奏曲を量産していた
《キラキラ星変奏曲》K.265の主題は、モーツァルトの曲ではありません。「ああ、お母さん聞いて(Ah, vous dirai-je, maman)」という当時のフランスの流行歌です。彼はこの手の「その辺で流行っている旋律」に12個の変奏を付ける、というのを何度もやっています。
だとすれば、サイコロが引き当てた16小節を主題に据えるのは、作法としてもまったく正しい。むしろ主題の出自がどうでもいいというのが、この形式の本質なのかもしれません。
9つの変奏
K.265の構成に倣って、こうなりました。譜面の上のタブで直接飛べます。
・主題:サイコロが引いた16小節

・第1変奏:右手が16分音符の走句になる
・第2変奏:走句を左手に移し、右手は主題を素のまま
・第3変奏:三連符
・第4変奏:旋律が低音域へ降りる
・第5変奏:一拍おくれの模倣。左手が右手を追いかける
・第6変奏:倚音とため息。拍の頭に不協和をぶつけて下へ解決させる
・第7変奏(Minore):同主短調。ハ短調に転じる
・第8変奏(Adagio):32分音符の回音で旋律を覆う装飾変奏

・終曲(Finale):6/8に転じて速く。コーダつき
Minoreの和声変換がちょっと面白くて、単純に音を短調にずらすと属七が壊れるので、和音ごと読み替えています。I→i、IV→iv、属和音は導音を残したまま長三和音で据え置き、V/Vは嬰ヘの減七に差し替え。モーツァルトの短調変奏の常套手段だそうです。
そして終曲では拍子が3/8から6/8に変わります。K.265でも最後の変奏で2/4が3/4になる。あれをやりたかった。
大変だったのは、音より譜面
生成そのものは、骨さえ取れれば案外すんなりでした。手間だったのは彫版のほうです。
- 小節の長さを枡ごとに持たせる(終曲だけ6/8なので倍になる)
- ハ短調の調号(変ロ・変ホ・変イの3つを、大譜表の両段の正しい位置に)
- 連桁の本数を、音価ではなく記譜上の符尾数で決める。三連符は実際の長さと書かれ方が食い違うので、放っておくと三連16分が32分と判定されて連桁が3本になってしまう
- 三連符の「3」の字
- コーダのぶんの3段目
この辺は、Claudeが描いた譜面を僕がスクリーンショットで見て「連桁が1本多い」「調号が段のあいだに浮いている」と指摘して直す、という往復でした。楽譜は嘘がつけないので、間違っているとすぐ分かる。
40通りの主題×9変奏で総当たりの検算もかけています。拍のずれゼロ、音域はMIDI 36~88。ヴァルターのフォルテピアノの鍵盤(FF~f³、29~89)の内側にちゃんと収まっている。
25秒が、4分48秒になった
一巡の実測です。
```
主題 22.0秒 214音
第1変奏 22.0秒 264音
第2変奏 22.0秒 240音
第3変奏 22.4秒 336音
第4変奏 23.1秒 216音
第5変奏 23.7秒 144音
第6変奏 24.2秒 264音
第7変奏 Minore 26.8秒 216音
第8変奏 Adagio 46.1秒 360音
終曲 Finale 31.7秒 586音
演奏だけ 4分24秒 2840音
サイコロから通して 4分48秒
25秒で終わっていたものが、5分近い曲集になりました。しかもアダージョとフィナーレがちゃんと重い。全体に起伏があります。
「永久機関」を押すと、終曲まで通したところでサイコロを振り直し、新しい主題で次の集に入ります。これで終わりません。
永久に鳴らす仕掛けを、外から足さずに済んだ
バッハやサティの機関は、僕が「無限に続く仕組み」を後から設計して被せたものでした。転調を巡回させるとか、様式をランダムに切り替えるとか。
今回はそれをしていません。永続化の仕掛けは、最初から18世紀の紙の中に入っていた。
176枚の札が「どの目でも成立する」ように作られているということは、和声の骨が固定されているということで、和声の骨が固定されているということは、そのまま変奏曲が書けるということです。二つは同じ一つのことを別の側から言っているだけだった。
だから、サイコロが主題を決め、変奏が時間を埋める。骨は同じで、肉が変わりつづける。
冒頭に「これはマシンミュージックなのではないか」と書きましたが、いまはもう少し具体的にそう思っています。この機械は、曲を作っていない。4京6000兆曲ぶんの空間からひとつの座標を引き当てて、その座標にすでに存在している音楽を、9通りの服に着せ替えて鳴らしているだけです。
ちなみに変奏の生成には乱数を一切使っていないので、番地が同じなら変奏も一音まで同じものが出ます。16桁のハッシュひとつで、4分48秒が決まる。
作曲家がやったのは、音を選ぶことではなく、選ばなくてよくなるところまで規則を煮つめることでした。
その規則は、236年たったいまも、ちゃんと動きます。モーツァルトが作り上げたマシンミュージック「DICE THE MOZART」をお楽しみください。
DICE THE MOZARTを遊ぶ:https://matsuo-koya.github.io/dice-the-mozart/
※この記事はClaudeとの対話によりClaudeが生成した記事を筆者が原稿整理・追記したものです。












