スマートフォンで普及が進むeSIMが、AI時代に向けて新たな進化を遂げようとしています。中国最大手の通信事業者である中国移動(China Mobile)は、2026年5月に「AI-eSIM」を発表しました。AI-eSIMが普及すれば、スマートグラスやペット型ロボットなど身の回りのIoT製品が、単体でネットにつながり、AIと会話できる「AIデバイス」に生まれ変わる可能性があります。

スマートフォンなどに搭載されるSIMカードやeSIMは、これまで端末をネットワークに接続するための「通信の身分証」にすぎませんでした。これに対してAI-eSIMは、利用者の認証機能に加えて、クラウド上のAIモデルをリアルタイムに呼び出す機能と、ハードウェアレベルのセキュリティ機能を備えています。端末をネットワークにつなぐだけでなく、つないだ瞬間から端末を「賢く」する役割も担うのです。
さらにAI-eSIMでは、通信事業者が機器に割り当てる番号が、そのままAIモデルのアカウントになります。機器ごとにアカウントを登録しなくても、ネットワークへの接続と同時にAIサービスの認証も完了します。2026年6月に上海で開催されたMWC Shanghai 2026の中国移動ブースではAI-eSIMの概要が詳しく説明されました。

AI-eSIMのチップは中国国産のRISC-Vアーキテクチャを採用し、EAL4+/5+などのセキュリティ認証を取得しています。ウエハーレベルパッケージにより面積は1平方ミリメートル未満と非常に小さく、通信チップやモジュールに組み込めます。スマートグラスのように内部スペースが限られた機器にも搭載しやすい大きさといいます。なお中国移動は4Gモデムを搭載したAI-eSIMチップも開発しています。

AI-eSIMのメリットは主に3つあります。1つ目は、処理能力の低い小型端末でもクラウドのAIを使えることです。端末側に高性能なプロセッサーを搭載する必要がないため、機器のコストやサイズを抑えられます。2つ目は、端末ごとに改ざんできない固有のデジタルIDを持たせられることです。ドローンの実名登録、産業用ロボットのトレーサビリティ、子ども向けAIおもちゃのデータ管理などに役立ちます。

3つ目は、データ通信量(MB/GB)とAIの利用量(トークン)をまとめて契約・課金できることです。トークンとは、AIが処理する文字や単語の単位で、生成AIの利用料金を計算する基準ですね。メーカーは通信とAIサービスを一括で調達できるため、導入や運用のコストを抑えられます。たとえばIoT機器では、LTE Cat.1のような低速通信を定額にして、AIの利用分だけをトークン単位で課金するといった料金体系も考えられます。

ここまでの説明からわかるように、AI-eSIMの主なターゲットはスマートフォンではありません。AIおもちゃ、スマートウォッチ、スマートグラス、家電、ロボットなどのAI-IoT機器です。こうした機器は自前の演算能力が限られ、独自のアカウント体系を持たないことも多いため、「接続+ID+クラウドAI」を一体で提供する仕組みと相性が良いのです。

現在商用化されているAI-IoT機器の多くは、スマートフォンとBluetoothで接続したり、Wi-Fiルーターを経由したりしてネットにつながっています。今後モデムチップとAI-eSIMを搭載すれば、スマートフォンやWi-Fiがなくても単体で通信し、クラウドのAIを利用できるようになるわけです。

中国移動は、おもちゃ、家電、ウェアラブル、オフィス、金融、交通、ドローン、ロボット、エネルギーの9分野を重点領域に掲げています。すでにAI-eSIMを搭載したAIぬいぐるみの量産が始まっているほか、中国の家電大手である美的(Midea)とのスマートエアコンや、眼鏡メーカーとのスマートグラスの共同開発も進んでいます。身の回りのあらゆる機器をAIデバイスに変える可能性を秘めたAI-eSIMは、通信事業者が主導するAIの普及がこれから本格的に始まろうとしています。










