CDと高い互換性を実現、追記型光ディスク「CD-R」(550MB~、1989年頃~):ロストメモリーズ File015

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宮里圭介

宮里圭介

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需要のわからない記事を作る自由物書き。分解とかアホな工作とかもやるよー。USBを「ゆしば」と呼ぼう協会実質代表。

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CDと高い互換性を実現、追記型光ディスク「CD-R」(550MB~、1989年頃~):ロストメモリーズ File015
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[名称] CD-R
(参考製品名 「CDR-74TY」ほか)
[種類] 光ディスク(追記型)
[記録方法] 有機色素、レーザー光(780nm)
[メディアサイズ] 約120(直径)×1.2(厚み)mm
[記録部サイズ] 直径約120mm
[容量] 550~700MB
[登場年] 1989年頃~

ひとつ、またひとつと消えていき、記憶からも薄れつつあるリムーバブルメディア。この連載では、ゆるっと集めているメディアやドライブをふわっと紹介します。

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「CD-R」は、太陽誘電が開発した追記型光ディスク。CD-ROMと同じ650MB前後という大容量と、既存の音楽CDプレーヤー、PCのCD-ROMドライブで読み出せるという下位互換性に優れていたことから、広く使われるようになりました。

といっても、初期は書き込むドライブすらありません。そこで太陽誘電とソニーはレコーディングサービス会社「スタート・ラボ」を設立し、1枚から作れる音楽CDを請け負うことから始めました。

▲スタート・ラボの会社概要(Wayback Machine)

CDはスタンパーと呼ばれる型でポリカーボネート基板を作り、その上に反射層、保護層が重ねられています。データはスタンパーに刻まれているため、少数だけ製造したいといった場合でもスタンパーが必要となり、コストも時間もかかってしまうものでした。

これに対してCD-Rは、データを書き込むのにスタンパーがいらず、等速書き込みなら1時間くらい待つだけで完成します。しかも、既存の音楽CDプレーヤーで再生できるため、プロモーション用の音楽CDを作るとか、放送局で頻繁に使う音楽やジングル、店内BGMといった用途にピッタリです。やがて、少数でも作成できるという利便性から、CD-ROMの量産前試作・マスター作成用としても使われるようになりました。といっても、主に業務向けの用途です。

では、一般家庭ではどうだったかといえば、1996年以前はあまり使われていませんでした。理由はいくつか考えられますが、CD-Rの価格が1枚数千円、ドライブも1台数十万円と高価だったため、純粋に価格面で厳しいというのが大きいでしょう。また、当時はMOやZipといった、より廉価な100MBクラスのリムーバブルメディアがあり、CD-Rほどの大容量は必要なかったというのもあります。何より、再生環境となるCD-ROMドライブが普及しておらず、最大の特徴である下位互換性に、それほど魅力がありませんでした。


PCにCD-ROMドライブが標準搭載されたのは、1989年に発売されたFM TOWNSからです。しかし、他社のPCではあまり搭載が進まず、高価な上位モデル、もしくは、マルチメディアをうたう一部モデルの特別装備、といった意味合いが強いものでした。

1990年代前半になると、PC向けのHDDが数百MBクラスに大容量化してきたこともあり、ソフトも巨大化。Windows 3.1のように、フロッピーディスクで10枚を超えるというものも珍しくありませんでした。フロッピーディスクドライブは、多くのPCに標準装備されているの点は強みでしたが、枚数が増えれば手間もコストも増え、不便になる一方。こうした背景から、徐々にソフトはCD-ROMでの提供が増えていき、CD-ROMドライブが必要となるシーンが増えていきました。

1990年代半ばになると、廉価なATAPI対応のCD-ROMドライブが登場し、多くのPCに搭載されるようになります。とくにWindows 95登場後は、下位モデルにも搭載されるのが当たり前に。このCD-ROMドライブの普及によって、誰もがCD-Rを読めるようになったわけです。

▲Windows 95はCD-ROMがメインですが、FD版(20枚組)もありました

MOやZipだと、メディアを渡す相手もドライブを所有している必要がありますが、CD-RならPCに標準装備されているCD-ROMで読めるため、相手のPC環境を考慮する必要はありません。また、1996年頃にはCD-Rが1枚1000円を切り始めたほか、ドライブも10万円を切るようになり、手が届きやすくなったというのも大きいです。

こうなると、後は時間の問題。多くの人が使えば新製品が登場し、メディアやドライブの価格が下がります。とくにCD-Rは低コストで作れる構造となっていただけに、あっという間に数百円、そして数十円といった価格にまで落ちていき、広く使われるようになりました。

ということで、そんなCD-Rのメディアを見ていきましょう。

CD-Rの開発には、有機色素の使用と金反射層がポイント

CDは、盤面にレーザー光を照射し、刻まれているピット(凹み)とランド(平面)を識別することで、データを読み取っています。このピットはポリカーボネートの基板に刻まれており、その上にレーザー光を反射する反射層、保護層が作られます。

CD-Rがデータを読み取る原理は、これと同じ。異なるのは、ピットとランドという物理的な凹凸ではなく、有機色素の状態によって識別する点です。そのため、ポリカーボネート基板の上に有機色素層、その上に反射層、保護層という4層構造になります。

▲レーベル面は保護層の上にあるため、マジックなどで書き込みできます
▲記録面は有機色素が透けて見えるため、CDの銀色とは別物

また、CDではピットの並びがトラックの役割を果たしていますが、データが書き込まれていないCD-Rにはピットに相当するものがありません。このトラック代わりとして案内溝(グルーブ)が、らせん状にポリカーボネート基板へと刻まれています。このグルーブにある有機色素を残すか、レーザー光の熱で分解するかで、データを記録するわけです。

CD-Rの特性を大きく左右する要素が、有機色素。有機色素は無機物と違い、分子構造を変更させることで、吸収しやすい光の波長、屈折率、反応速度といったパラメーターをコントロールできます。これにより、CDで使われる780nmというレーザー光に最適となる有機色素が開発されました。CD-Rで使われたものは、太陽誘電が開発したシアニンのほか、三菱化学のアゾ、三井化学のフタロシアニンなどがあります。

▲左からそれぞれ、シアニン系、アゾ系、フタロシアニン系

CD-R開発時に目指していたのは、既存CD機器との完全互換。これを実現するには、CDと同じ反射率70%以上、変調度(ピットとランドの反射率の違い)60%以上という条件が必須です。

まず、反射率を改善するため、有機色素での吸収率を低減。さらに反射層を作り、この素材にアルミニウムではなく、より反射率が高い金を採用しました。Goldです。Auです。

1990年代後半には、コストダウンで銀合金などへ変更されていきましたが、2000年くらいまでは金反射層を持つCD-Rが入手できました。この金反射層を採用したCD-Rは音楽CD作成と相性が良いという話があり、高音質音楽CDの作成用として探していた人が結構いた記憶があります。

▲金反射層を採用したコダックのCD-R

もうひとつの変調度は、有機色素を熱分解する際、熱で基板が変形してしまうという現象を利用しています。本来なら変形は抑えるべきものですが、これをうまくコントロールすることで、有機色素の分解だけでは到達できない高い変調度の実現に成功しました。

こうして開発に成功したCD-Rは、追記型CDメディアとして「オレンジブック パート II」にまとめられ、正式なCD規格のひとつとなったわけです。

ちなみに「CD-R」という名前は、元々太陽誘電での開発コードーネーム。商標登録もされていますが、規格に準拠している場合は無償で使用できるようになっています。

そうそう、「なんで“パート I”ではなくて“パート II”なんだろう?」と疑問に思いませんか? 実は、「オレンジブック パート I」も存在します。これはソニーが開発していたCD-MOで、CDと互換性のない光磁気ディスクのことです。製品化はされませんでしたが、この時の開発経験を元にMD(MiniDisc)が誕生した、という話があるのは面白いですね。なお、「オレンジブック パート III」は、CD-RWです。

CD-Rの価格が高止まりしていたのは、著作権団体の影響?

CD-Rが開発され、最初のディスクが発売されたのが1989年。音楽用途であれば、カセットテープの代替となれるポテンシャルがあっただけに、広く使われるまで7年以上もかかっているのは、ある意味異常です。

理由はいくつも思いつきますが、最大の障害となっていそうなものとして、太陽誘電がドライブを開発・製造できなかったことが挙げられます。初期はソニーが製造してくれましたが、あくまで少数の業務用システムとしてで、個人が購入できるようなものではありません。

もうひとつ考えられるのは、著作権団体からの圧力です。劣化なしにCDを丸ごとコピーできてしまうCD-Rは、音楽業界はもちろん、ソフト業界からも警戒されて当然です。実際、OplusEのインタビュー記事で、開発者の一人である浜田恵美子氏は著作権問題について触れ、CD-Rの値段について「CDをコピーできないような値段にした」と言及しています。

ちょっと調べてみると、デジタル媒体での私的録音補償金制度が開始されたのが、1993年から。MDやDAT、DCCは1993年のスタート時から対象とされ、音楽CDからの録音がある意味「認められた」状況です。

これに対し、CD-RやCD-RWが対象となったのは、なんと1998年から。CD-Rが普及し始め、メディアの価格が暴落と言っていいほど安くなった結果、不正コピーが横行。こうした状況から、しぶしぶ私的録音用媒体として認めざるを得なくなったのかな……などと邪推してしまいます。

なお、これらはあくまで想像で、実際のところは不明です。ただ、最初からMDくらい熱心に音楽用途として売り込まれていれば、個人向けのCD-Rレコーダーが早くから登場し、多くの会社が参入していた可能性は高かったのではないでしょうか。CD-Rがあと3年早く普及していた未来はあったかもしれないですね。

とはいえ、PC用のメディアとしてはCD-ROMで提供されるソフトの増加、そしてCD-ROMドライブの普及がキーとなるのは同じですから、それほど変わらなかった気もしますが。

参考:


That’s 太陽誘電 That's CDR-74MY マスターメディア用CD-R (1枚) [PC]
¥3,200
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)

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《宮里圭介》

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