スパイガジェットはどう移り変わってきたのか。ミッション:インポッシブルにみる技術の世相

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2023年7月21日、「ミッション:インポッシブル」シリーズの第7作目となる「ミッション:インポッシブル / デッドレコニング PART ONE」の日本上映が始まりました。

▲Mission: Impossible – Dead Reckoning Part One (公式HPヘッダー画像より)

同シリーズの魅力といえばトム・クルーズのノースタントアクション。背筋をピンと伸ばした全力疾走である”トム・クルーズ走り”から、世界一高いビルであるブルジュ・ハリファ(2023年8月現在)の外壁をよじ登り、命綱1本で離陸した飛行機にしがみつき、時には撮影中に全治9ヶ月の足首の骨折を負うも6週間で撮影に復帰するという人間離れした撮影スタイルを見せてきました。

そんな同シリーズにおいて注目したいポイント、それはトム・クルーズ演じる主人公イーサン・ハントやその仲間たちを支えるスパイグッズや騙し・潜り抜けるセキュリティシステムです。なぜ注目したいのかというと、新しく登場するスパイグッズやセキュリティシステムに技術的な世相が現れているからです。ここではすでに各配信サービスにて配信されている作品に登場するいくつかのスパイグッズ・システムとこれに関連した技術・製品を見ていきたいと思います。

ホモグラフィックプロジェクションスクリーン -ゴーストプロトコルより-

▲クレムリンに潜入(Movieclip YouTubeチャンネルより)

初めに見ていくのはシリーズ第4作目「ゴーストプロトコル」にてクレムリン潜入時に警備員の目を欺くために使用したホモグラフィックプロジェクションスクリーンです。そもそもホモグラフィとは平面を射影変換を用いて別の平面に射影することを言います。具体的にどのように射影するかは、射影した画像を表示するスクリーンと見ている警備員の位置関係によって決まります。実際にPythonのコードを書いて簡単なホモグラフィを行ってみました。

▲ホモグラフィの例(上:単純な視点移動、下:視点移動+ホモグラフィ)

図下側の赤枠内の画像はあらかじめ用意した画面奥の廊下の画像をホモグラフィを用いて射影変換したものです。この射影変換を行う際に警備員の位置情報が必要なため、スクリーンの裏側には警備員の位置を追うためのカメラが設置されることになります。このようにして劇中で潜入した施設の廊下にいる警備員の視線に合わせて赤枠内に廊下の奥側の画像を作り出し、廊下奥側の部屋に入って資料を盗み出すという作戦行動に移れます。

これはあくまで立体視に関して錯覚を起こしていることを前提としていますが、視線トラッキングによる”裸眼”3Dディスプレイ技術は2000年代に多く研究されているおり、4作目の公開が2011年ということを考えても当時の技術監修時に採用されていてもおかしくありません。

スマートコンタクトレンズ -ゴーストプロトコルより-

▲スマートコンタクトレンズ(ワシントン大学HPより)

次に見ていくのは同じく4作目で登場したスマートコンタクトレンズです。劇中ではジェレミー・レナー演じるウィリアム・ブラントが敵エージェントの取引相手になりすまし、機密文書を撮影するために用いられていました。

スマートコンタクトレンズは4作目が公開された2011年の3年前、2008年に当時ワシントン大学助教であったBabak Parviz氏を中心に研究が進められ、2014年にGoogleから「『糖尿病患者が装着するスマート・コンタクトレンズ』の試作品を完成させ、すでに複数の臨床研究を実施した」と発表されました。機能自体は1秒に1回小型マイクロチップによって涙からグルコースを測定、すなわち血糖値を測定をするというもので、劇中の機能とは異なりますが作品の制作時にはスマートコンタクトレンズが現実的なスパイグッズであったことは間違いありません。

また実際にカメラを搭載し、まばたきによってシャッターを操作するコンタクトレンズ型カメラの特許は2016年にSONYがアメリカ特許商標庁に申請しています。さらに2021年には東京農工大学の高木教授の研究グループが「ホログラフィック・コンタクトレンズ」の開発に成功し、AR分野での利用が期待されています。これらの開発動向を見るに、スパイ映画でのコンタクトレンズ式スパイグッズは徐々に現実化してきています。

▲コントロールユニット、アンテナ、撮像ユニット、ストレージ、センサー、ディスプレイなどを内蔵(画像元:アメリカ特許商標庁

歩容認証 -ローグネイションより-

▲モロッコの発電所に潜入(Paramount Movies YouTubeチャンネルより)

「これは間違いなく存在する」と語るのは元FBI対諜報および対テロ要員であるEric O’Neill氏。歩容認証はモロッコの発電所に謎に包まれた組織・シンジゲートの情報を求めて潜入するためサイモン・ペッグ演じるベンジー・ダンが通り抜けるセキュリティシステムに採用されています。

歩容分析の技術も2000年代には多く研究されています。ただし劇中では歩容認証を行うために用いられているカメラの台数が多くやや大袈裟に描かれています。2013年には歩容認証の第一人者である大阪産業科学研究所の八木教授から捜査に活用できる歩容認証システムが警察庁科学警察研究所に提供されています。さらに2017年の法改正では歩容も指紋などと同様の”第一個人識別符号”という扱いとなり、個人特定につながる重要な情報であると認識されています。5作目の公開年は2015年であることからホモグラフィックプロジェクションスクリーンやスマートコンタクトレンズと同様、妄想的でありつつも最先端かつ現実的な演出だと言えます。

▲個人情報について(政府広報オンラインより)

このように魅力的なノースタントアクションだけでなく、洗練された技術的背景を持つ演出が多数、同シリーズでは採用されてきています。8作目となる「ミッション:インポッシブル / デッドレコニング PART TWO」の公開は2024年と予告されていますので、次回はどのような演出が登場するのか楽しみです。


この記事は、テクノコアが運営するメディア「技術の手帖」掲載の記事をテクノエッジ編集部にて編集し、転載したものです。

《バルシャーク》
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